バドミントン・ファン:BADMINTON Faun

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2009.05.31

静かさや・・・

「静かさや 岩に染み入る 蝉の声」
日本人にはお馴染みの松尾芭蕉の句です。
ここでは“静かさや“と歌っているにものの、「ミーン ミーン」でしょうか、蝉の声が聞こえてきます。これはどういうことでしょう?何聞こえない時よりも、遠くで鳴いてる蝉の声が小さく聞こえる時、それこそが本当の静寂なのかもしれません。
では温かさを一番感じるのはどんな時でしょうか。私は例えば冬の寒い日に陽だまりで温められたベンチに腰をかけた時。また、温かさ違いですが、とても悲しいことや辛いことがあった時、周りの人の温かさに救われました。本当はみんないつも優しいのでしょうが、そんな時でないとその優しさに気付けないのは私が未熟さのためでしょう。
なにをやってもうまくいかないことってありますよね。そんな時、絶望や悲しみに目を閉じてしまっていませんか?夜空の星は暗いからこそ輝いて見えます。明るい都会の夜空では気付けない小さな輝きが、時にはとてもまぶしく感じられます。
確かにある小さな光も、目を閉じていては見ることができません。たとえその輝きが希望にあふれていたとしても。

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2009.05.31

六等星

私の愛読書のひとつ、手塚治虫の名作“ブラックジャック”にこのような一編があります。
アシスタントのピノコがブラックジャックに星を指して名前を聞いています。
「あのちっちゃーい消えそうなのは?」
「あんなの知らん」
「あんなちっちゃいの消えたってわかんないわのよね」
「見える星は一等星から六等星まで分けてある 一党制はあのでかい星だ ほとんど目に見えないくらいかすかな星のことだ  だがなちっちゃい星に見えるけどあれは遠くにあるからだよじっさいは一等星よりももっと何十倍も大きな星かもしれないんだ世の中には六等星みないにはえない人間がいくらでもいる」
というシーンがあります。

私自身がどうあるべきか、人とどう向き合わなくてはならないかを問いかけてくる一編です。人に知ってほしいとか認めてほしいからではなく、大きな光を放って見えなくてもやりたいことに誇りを持って打ち込む大きい人間になりたいと願っています。自分のネタで書いていない私、大きな人間になれる日は遠いなぁ・・・

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2009.05.31

文化とバドミントン

バドミントンに限らず、様々な企業スポーツで廃部・休部のニュースを耳にします。そのような悲しいニュースが流れる際、耳にするのが“スポーツは文化だ”という言葉です。では“文化”とはなんでしょうか?
私はこう思います。「なくても生死には関わらないが、あれば人生を豊かにするもの」であると。
文化といえば日本では俳句、浮世絵、歌舞伎など、西洋では油絵、オペラ、バレエなどが挙げられます。いずれも申し分のない素晴らしい文化です。絵師や演者、ごく一部の当事者にとっては生活がかかっています。もう一方の当事者である、それらを観たり聞いたりして楽しむ人たちにとってはしかし、生活は別の所にあります。生活だけでは疲れてしまいます。その疲れを癒す楽しみが文化なのだと思います。どちらも当事者ですが、後者の方が大部分であり、文化を支えていることを忘れてはいけません。
ゴッホもシューベルトも、モーツァルトですら(もっともモーツァルトの場合は浪費家でもありましたが)自分は生活をかける側であったため、物質的に豊かな生活であったとはいえなかったでしょう。しかし後世であったかもしれませんが、彼らを理解し、愛した人々がその名前を文化の名の下に残したのです。バドミントン選手も生活をかける少数側の人間です。“文化”という美辞にすがってはいけません。向き合わなければならないのは、支えている側の人々です。
むかし、花についてこのように教えられました。「無用なものの 微妙な存在」 と。なくても生活に支障はありませんが、あるだけで目をなごませ、心をおだやかにしてくれます。そんな立ち居振る舞いとプレーが、ファンに愛される“文化的”バドミントンに定着するのではないでしょうか。

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2009.05.31

普通ということ

「普通こんなに練習しないでしょう!」
“普通”という言葉はよく耳にします。この“普通”という言葉、一体どういうことでしょう?“普通”の定義は難しいですが、平均であったり、真ん中辺りを指すことが多い気がします。
ではバドミントンにおける普通とは?まずは、シード等による2回戦登場はありますが、基本的なトーナメント1回戦について考えてみましょう。当たり前ですが、試合を1つ行うと片方が勝ち、片方は負けます。つまりトーナメントにおける1回戦では、参加者の半分が勝ち、半分が負けるといえる訳です。言ってみれば、普通の選手とは1回戦で勝ったり負けたりを繰り返している選手が“普通”の選手だと言えます。2回戦を勝って3回戦に進む選手は全体の1/4に過ぎません。5回戦にもなると進む選手は全体の1/16、わずか6.25%でしかないのです。
言い換えると、3回戦以上に進む選手とはある意味“普通でない”、つまり“異常”な戦手だと言えます。
トーナメント式の大会で確実に1回戦突破を目指す皆さん、2回戦以上を目指す皆さん、“普通”の練習をしていては目標を達成できませんよ。

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2009.05.31

2世選手の強み

最近バドミントン界に留まらず、様々な競技における2世選手の活躍には目覚ましいものがあります。彼らの強さの秘密は一体どこにあるのでしょうか?
まず第一にDNA、遺伝の要因があります。身長や筋肉のタイプなどの身体的な要因の殆どは遺伝にあると考えられています。
第二に環境があります。両親を始め周囲の方の競技への理解というものはとても大切です。そうした環境が生まれたときから整っていることも大きいでしょう。
しかし一番大きいのは(環境とも重なりますが)本人の意識だと思います。第二の項目で挙げた環境をハードとしての環境とするなら、ここで述べたいのはソフトとしての環境といえるでしょう。
例えば親御さんが現役時代に誕生した子供でしたら、親御さんの努力する背中を見て育っています。多くの子供にとっては「努力すること」自体が大変でストレスを感じ、努力を必要とするのに対し、このような子供にとってそれは自然で当たり前の行為で、「努力すること」にストレスを感じることは少ないでしょう。スポーツ選手の場合は体を使っているため目で見てわかりやすいですが、一生懸命仕事をしている姿を見た子供は、自然に「努力すること」ができ、力強く道を歩むことでしょう。
「努力すること」が特別なことではなく、当たり前のことと思っている。これはものすごいことです。今日から当たり前に努力してみませんか?

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